名言

森田療法の考え方「外相整えば、内相自ずから熟す」

森田療法の考え方「外相整えば、内相自ずから熟す」

日本発祥の精神療法である森田療法の重要な柱となる考え方の一つに、「外相整えば、内相自ずから熟す」があります。

これは、もともと兼好法師の『徒然草』にある「外相もし背かざれば、内証必ず熟す」に由来します。

外相 : 外からの見た目、身体の動き、行動、形式的な作業(日々の修行や生活の務め)。
内相 : 内側の心、感情、思考、心理状態。

この言葉が伝えるのは、内面の状態(心)を直接どうにかしようとするのではなく、まずは外側の行動や環境、日々の務めを淡々と、そして丁寧にこなしていくことによって、心は自ずと整っていく、という洞察です。

日々行うこととは

禅僧の修行を例にすると、「外相を整える」とは次のようなことになります。

朝四時に起き、布団を片づけ、歯を磨き、洗顔をして、用を済ませて、衣を着て、袈裟をつけて、本堂に向かいます。

本堂では朝の日課である読経を始めます。お経の中味の理解はさて置き、大きな声を腹から出すことを意識して一時間 読経します。

五時頃に質素な朝食をとり、六時から老大使との禅問答を三十分おこないます。老大使から公案を何度も何度も問われますが、心理状態を問われることはありません。

その後、二時間におよぶ朝掃除に入ります。竹箒で境内を掃き清め、禅堂などを雑巾がけなどして掃除します。ここまで九時前ですが、ここから作務出頭という午前の労働が始まります。石を運び、雑木を伐り、障子を張り替え、窓ガラスを拭きます。

十時頃、ようやく昼食になりますが、ここでも朝食同様に質素な食事をとります。腹は六分目~七分目の状態が常です。

十一時頃、作務作業の続きの力仕事が始まります。何百本とある庭木の剪定、竹林の伐採と地面の清掃が二・三時間続き、心身ともに疲労困憊となります。

出典 : 帚木 蓬生『生きる力 森田正馬の15の提言』

これは午前中の生活ですが、こうして身体なども使いながら日々の雑務をこなす、ということをただひたすら行っていく。

思考がめぐる余裕があると、どんどんと自分を縛り、心も暴れ出すことになり、その心のほうばかり見ていても、整うことはありません。それならいっそ、外相を整える。そのことを毎日続けているうちに、自ずから心も静まっていく。

自ずからという発想

この教えの最も重要な点は、「おのずから」という言葉に集約されています。

心は直接操作しようとしても、かえって葛藤を生み、コントロールできません。しかし、別の何か(=外相)にひたすら没頭し、日々その行動を継続していくことで、気づかないうちに、心は自然と静まり、調和を取り戻していく、というのが森田療法の一つの考え方です。

むしゃくしゃしたり、不安に苛まれたりしたときに、あえて心の内側を見つめ直すのではなく、「ひたすら掃除に没頭する」「目の前の仕事に集中する」といった行動に意識を向けることは、この「外相整えば、内相自ずから熟す」という原理に基づいた、心の整え方と言えるでしょう。

参考 : 帚木蓬生『生きる力 森田正馬の15の提言』