村上春樹 「不健康なものを扱うため」の日々の食生活やランニング
作家や芸術家というと、生活が乱れた奔放で破天荒な印象を持たれることも少なくありません。
しかし、小説家の村上春樹さん(1949年、京都府生まれ)は、こうした作家のイメージに抗うような、ある一つの信条を持っています。
それが「健康」です。
健康と作家というのは、特に村上春樹作品の不思議な(ともすれば少し病んだような)世界観とはかけ離れているようにも見えます。
それでも、村上さんは、食事や運動、睡眠といった日々の生活に根ざした「健康」を、作家にとって欠かせない大事な要素として捉えています。
生活リズム
村上さんの生活は規則正しく、お酒の分量も決して多くはありません。
夜は早めに床につき、朝は夜明け前に起床するなど、早寝早起きのルーティンを徹底しています。
一日の大まかなスケジュールとしては、起床時間が朝の4時頃、執筆は午前中を中心に、4、5時間。このとき書く分量は決まっているそうで、原稿用紙10枚程度。
もっと書けそうでも、量はこの程度でやめると言います。
その後、泳ぐことやランニングなど運動を行い、昼以降は、30分くらいの昼寝をしたり、音楽を聴いたり、読書をしたり、料理をしたりと自由に過ごし、夜は9時に眠る。
この「走ること」に関しては、一冊の本を書き上げるほどの、「書くこと」に共通する熱意と哲学を持っています。
ランニングの哲学について書かれた村上春樹さんのエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』では、次のように綴っています。
忙しいからといって手を抜いたり、やめたりするわけにはいかない。もし忙しいからというだけで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなってしまう。
走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。
僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。
出典 : 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』
こういった村上さんの思想は、ルーティンを重んじ、こつこつと着実に歩みを進めていくことの大切さを教えてくれます。
食生活
健康に関してもっとも重要な要素の一つである日々の食生活。
村上さん自身は、具体的な食事内容に関して、読者の質問に応じる形で次のように答えています。
うちはとにかく野菜と魚が中心です。とくに野菜をたくさん食べます。たまに肉を食べます。ご飯は酵素玄米を食べています。
調味料はできるだけ自然素材を使っています。そして腹七分目くらいを量の目安にしています。寝る前の三時間には何も食べないように心がけています。
出典 : 村上春樹『村上さんのところ』
食事は野菜が中心で、ベジタリアンというわけではなく、肉もときどき食べる。また主食には、栄養価の豊富な玄米を採り入れている。
調味料もこだわりを持ち、食べる量は腹七分目。
飽食の時代には、断食や少食のほうが体調が整うという話もありますが、その辺りをしっかり実践しています。
作家にとってなぜ健康が大切か
それでは、一体なぜ村上さんは、これほど「健康」を大切にするようになったのでしょうか。
必ずしも昔からそうだったというわけではなかったようです。
作家になる前、村上さんが20代の頃は、ジャズ喫茶を経営していたという事情もあって、早寝早起きの生活など送れるはずもなく、村上さんの生活リズムは不規則なもの。
しかし、小説家としてデビューを果たした30歳を過ぎた頃から、健康に関するスタンスががらりと変わったようです。
創作に対する「健康」の重要性について、肉体的な健康は、自らの〈闇〉に触れるときに不可欠なもの。
真に不健康なものを扱うためには、できるだけ健康でなくてはいけないということを、村上さんは、インタビューやエッセイなどで繰り返し主張しています。
真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。それが僕のテーゼである。つまり不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としているわけだ。
出典 : 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』
肉体的な健康を疎かにし、無防備のまま心の奥深くの「闇」に触れようとすれば、逆にその手を掴まれ、「闇」に引きずり込まれる危険性がある。
これが、村上さんが健康を重んじる理由なのでしょう。
参考 : 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』『村上さんのところ』
